この道は母へとつづく 【称号:秀作】
本命の『タロットカード殺人事件』を見るために渋谷ル・シネマに行ったんだけど時間が合わなかったので予定外であったが先に同じ映画館の別スクリーンで上映されているこちらを見た。本命の方もかなり楽しめたが個人的にはこちらの方が高評価になった。思わぬ掘り出しものです。『三丁目の夕日』もいいですが大作の陰に隠れてひっそりとこういう秀作が上映されているのです。
ストーリーは『母を訪ねて三千里』+『逃亡者』みたいな感じ。母親に捨てられた主人公ワーニャくんは孤児院を脱走して母親探しの旅に出る。しかしワーニャくんはすでにイタリアの裕福な家庭に養子として引き取られる手はずとなっており孤児院サイドも大金を受け取っているので是が非でもワーニャを捕まえなければならない。そんなわけでワーニャは追っ手から逃れながらの母親探しとなります。

この映画のポイントはワーニャくんが6歳であること。6歳といえばまだ小学生に入るか入らない年齢だ。字だってマトモに読めないしバスや電車どころか自転車だって乗れないから行動範囲は極端に狭い。ふつうなら大人の庇護がなければ生きていけないはずだ。6歳の僕は当時、おしっこやウンチなんか平気でもらしてました。
そんな制限だらけの少年がたった一人で逃亡劇をくり広げるわけです。資金もなければ基本的な社会的知識もない。電車だってバスだって乗り方がわからない。大人たちの目だってある。子供が一人でいると保護されて孤児院に戻されてしまう。さらには孤児院のさし向けた追っ手が迫ってきている。彼は6歳の知恵を最大限にふりしぼって幾度となくピンチを乗り越えていきます。自分の出生記録を読むために金を工面して売春婦まがいの娘から字を習うところから始まる。院長室に忍び込んで記録を読み自分の母親の所在情報をゲットします。それは捨てられても実の母親に会いたいという強い願いでありワーニャくんがあまりにいい子だけに観客としては応援せずにいられない。この感情移入がこの作品を一級のサスペンスに仕立てていたりするのだ。
道中は何度も追っ手とニアミスを繰り返してハラハラさせられます。子供であることが時には武器になりそしてピンチにもなります。もう危なっかしくて見ていられない。乗り込んだ列車の中でも酔っぱらって寝込んでいる中年男性の隣に座って「自分の父親です」と告げて大人たちの関心を何とかやり過ごす。6歳とは思えない大胆さとたくましさですが、たった6歳の子供がこんなことまでしなければならない現実に切なさをおぼえます。

この映画の最大の魅力は道中で現れる善良な大人たちでしょう。彼らはワーニャくんがピンチに陥るとどことなく現れて力を貸してくれます。追っ手に捕まりそうになったときも不良少年たちが体を張って守ってくれる。格差社会の底辺で生きる彼らですが「子供は売らない」と屈強な追っ手に立ち向かっていく。他にもワーニャくんの事情をそれとなく察した大人たちが助けになってくれます。そしてさいごはもっとも意外な人物がワーニャくんの力になってくれる。こういう意外性は実に気持ちがいいものです。
前半では孤児院の生活が丹念に描かれていて貧しいロシア社会の現状を彼らの生活を通して知ることができる。ロシアもまさに格差社会だが、寒々しい煤けた街並みを見る限り人々の貧困は深刻なものだと分かる。アフリカやアジアとはまた違った貧困だ。極寒の地だけに厳しい冬が彼らから多くのものを奪う。そんな地に生きる彼らの表情は暗い。まるでムンクの絵画に出てくる人物みたい。逞しく明るく生きる子供たちとは対照的に大人たちの表情に希望は窺えない。ワーニャくんは孤児院という狭く非情な世界の中で幼くしてサバイバルのノウハウを身につけていくのです。
貧すれば鈍するで子供を捨てる親も跡を絶たない。孤児院も孤児院で養子縁組が一つのビジネスになってしまっている。たしかに裕福な養父の紹介は子供たちの幸せにつながるかもしれないが人身売買に見えないこともない。しかし人身売買であってもそれにすがるしかない社会なのだ。
どんなに貧困の世界でも子供が母親に対する思い、母親が子供に抱く愛情は世界共通です。優れた映画全般にいえることだがラストがいい。この映画も絶望の中にひとすじの希望の光を抱かせるような余韻を残す秀逸なラストです。決死の逃亡劇の先に行き着いた少年の表情がどアップで写されるんですがとても演技とは思えない。希望と安らぎと一抹の不安が溶け合ったような絶妙な笑顔です。一見すると尻切れトンボなラストですがこれも粋な演出といえるでしょう。オススメの掘り出し映画です(80点)

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コメント
TB&コメントありがとうございます。
ル・シネマではしごってパワフルですね!!
投稿: てきさす | 2007年11月 8日 (木) 20時27分